VOL.4  川に親しむ

 八戸市の地形を特徴づけ、太古から歴史的に数々のドラマを生み、文化を形成してきたものに、馬渕川・新井田川がある。この二つの河川は、市内の東西を流れ、東部・中央・西部の三地区に分断し、文化的・生態学的・景観的・産業的に様々な恩恵を私たちに与えている。
 21はちのへ研究「小中野タウンウォッチ」を企画し、地区カルテを児童に作成させた際、危険な所として新井田川沿いがあげられ、また川は汚れていると問題を投げかけていた。昔のように子供や大人にとって生活に密着していた川は、今はあまり親しまれることなく死んだ空間になっているのではなかろうか。河川は、市民にとって最も身近な親水空間であり、この水辺環境を整備することは、八戸市全体に快適性を与えるため重要であり、水の汚濁や悪臭をなくす水質の保全とは別に、河川の堤防や護岸に植樹し緑化を図ることも必要である。

 ★ 八戸の生活・文化を支えてきた馬渕川・新井田川

 馬渕川は、岩手県下閉伊郡安家森の付近を源として東部山地を流れ下り、小鳥谷の北端付近を奥中山分水嶺から流れてくる平糠川を合わせて下る。そして、郡の西南境の山間地を発する安比川を一戸町鳥越で合わせ青森県に入り、三戸郡を通り多くの支流を合わせて八戸港域で太平洋に注ぐ、全長百六キロの一級河川である。
 一方、新井田川は、岩手県九戸郡九戸村の雪谷部落から発する雪谷川を源とし、これと並行する格好で折爪岳の、ふもとを南北に蛇行する瀬月内川が軽米町で合流し、青森県に入り、南郷村を通り八戸港域で太平洋に注ぐ、全長八十三キロの二級河川である。
 川というものの源は、葉の上に溜まった水滴や雨、それに山の水が地中に染みこんで、泉となって涌きでた水が心細い流れになり、それがいくつか集まり川となる。
 川(水)が与えてくれるものとして、私たちの飲料水、工業・農業用水などの水源として、また、排水路として生活排水などを海に運んでいた。川には自浄作用があり、昔は生活排水などもきれいにしていたが、今は排水の許容量が多くなったため、川の汚濁は進んでいる。それと目に見えない働きがあり、それはいい水があると、まわりに深い森ができ、そこにはいい水が涌く。森が深いと木の影が水面を覆い木は魚の餌になる虫を落としたり、プランクトンが涌いたりする。その虫やプランクトンを小魚は食べ、その小魚を大魚が食べるなど食物連鎖の自然のシステムである。八戸の前浜が以前は好漁場であったのは二つの河川によって豊富な餌が運ばれていたためで、今がダメなのは、川沿いの森林伐採や川の汚濁による都市化のためと考えられる。

 ★ 川とのつき合いを見つめ直す時機 ★

 八戸市の場合、街の構造として川と並行して発展せず、垂直に街並が発展している。その
ため川は道路(橋)で分断された形になっており、川は生かされていないのではなかろうか。
行政はこの二つの河川をどう捉えているのだろう。これらの川は、縄文時代からの歴史の証
人であるので、すべての人々に対話の機会を与えるべきである。川の四季の変化や景観の素
晴らしさを、川から「見る」、川を「見る」、橋から「見る」など様々な視点でとらえるこ
とができる。昔は、観月橋があって、よく橋の上から月見をしていた。それは、現在に引き
継がれて、八戸大橋の上で花火を見て楽しんでいるように観覧席のある劇場にもなっている。
 盛岡では青年会議所が、自分たちの子どものころやっていた川原での水遊びがいまはでき
なくなっていることに端を発して、昭和五十二年から四年にかけて、中津川原で「ちびっ子
釣り大会」や忘れ名草の移植を行ない、子どもたちに川原を利用し自然保護の気持ちを育く
む運動を起こしている。釧路市では幣舞(ぬさまい)橋の架け替え工事を行なう際、市民参
加のもと、道東の四季をテーマに四体の裸婦立像が中央に向くようにバランスをとって置か
れている。
 一方、わが街では新井田川をきれいにする会などの住民運動はあるが、もっと川に楽しめ
る空間をつくり、そこでイベントを行なうことによって、『川は排水路』という認識から、
『川は大きな恵みを与えてくれる』という方向へ変えていきたいものである。また馬渕川=
七橋、新井田川=九橋と橋の数は十六にものぼる。この橋を交通機能一辺倒ではなく、もう
一度橋にいろいろな意味づけをし直して、橋のデザインを工夫したい。唯一、新湊橋に市民
に開放的な空間ができたことはうれしいことである。十月には、八戸大橋のライトアップが
予定され、ランドマークとして夜空に大きくその姿はあらわれるであろう。そして、唯一残
されているこの河川の自然空間を二十一世紀に向けてどう生かすのか考える時ではなかろ
うか。


 ★ 私が考える新井田川流域計画構想 ★

 新井田川流域計画構想なる私案を述べてみよう。
 市街地に近い海が、港湾や漁港で市民を遠ざけてしまった現在、二十一世紀に向けて新井
田川を生かした街づくりが必要だと思う。ここでは、一つには過去から現在を考え、そこか
らさらに未来を構想すること。次に、未来にこうなってほしいという理想的な姿から現在に
スポットをあててみたい。新井田川流域をもっと市民の身近な生活空間として考え、散策・
釣り・夕涼み・水遊びなどレクリエーションの場とし復活させたい。

A.みなと河ロゾーン
 港町八戸の目玉的存在のムツ湊の朝市地区や小中野川沿い・河口のリバーサイドの環
境整備を行なう。川沿いを休憩したり散策できる遊歩道にして、湊町らしさを味わう。
街灯・歩道の整備や、数少ない倉庫郡を再利用して、ライブハウスや飲食店など、屋内
式屋台街を作り新しい盛り場ゾーンとする。店頭には水槽を置き、客は魚を選んで料理
してもらい、夏は川沿いの屋外で食事を楽しめるようにする。

B.健康づくりと祭りのゾーン
 高齢化社会に向けて川沿いを親しみある散策路に整備する。諏訪地区に計画のある老
人憩いの家を拠点として高齢者の、健康ゾーンとする。また、灯篭流しが行なわれてい
るが観客席を設ける手段の一つとして護岸を階段式に整備する。堤防には桜並木を作る。

C.21世紀親水文化ゾーン
 新井田公園を中心に、人工的水路により川の多様な変化を表現し水に触れて遊んだり
できる、遊水地を作る。池畔には文学館・安藤昌益記念館・(飢饉資料館)などの建設。
水際線を利用した野外劇場を作って新しい文化ゾーンとしてのリバーミュージアムに
する(遊水地を作るということは、田圃がもっていた遊水機能を保持させることにもな
る)。

D.ふるさと歴史と野鳥のゾーン
 松館川と新井田川が合流する大館・十日市・石手洗を中心とするゾーン。大館には歴
史の散策路を作る。十日市は八ノ太郎伝説の本拠地なので「民話館」、昔は梅の名所で
あり「うぐい食い」でも有名な石手洗は、梅林園と釣りの名所にしたい。花水河原は「花
のかおりがするようなおいしい水」と南部侯がほめた所であり、八戸百景にも選ばれた
所なので整備する。そして白鳥が飛来する合流点付近は、白鳥・野鳥公園とする。

E.縄文文化のゾーン
 国から史跡に指定され、十ヘクタールに及ぶ地域で縄文式文化時代の土器が多数発掘
された是川遺跡と川を結びつけ、縄文時代の体験学習の場として川沿いでキャンプしな
がら縄文文化を学ぶゾーン。

 これは、あくまで私の夢である。この構想のようになったら、私の孫たちも楽しい生活が
送れると思う。そしてこういう構想も一度に完成できるものではないが、もし決定さえすれ
ばマスタープランに従って順次実施していけばよいだろう。それが二十年三十年かかろうと
も、それが街づくりするうえで必要である。
 よく言われることは最低一世代先を考えよということである。ある地区にふるさと村が
近々建設されようとしているが、新井田川流域をふるさと村と考え、リバーサイドに「山車
展示館」や神田重雄や浦山太吉など港湾建設の業績者を顕彰する「先人館」なども望みたい。
 親水空間を作ることによって、わが街八戸はもっと楽しめる街になるのではなかろうか。




1991年度日本建築学会仙台大会記念行事
まちづくり市民フォーラム〜安全なまちづくり・環境にやさしいまちづくり〜
9月28日(土)PM1:30〜4:30 八戸市公民館2階会議室

もうひとつの「まちづくり」
伊藤 敬一(八戸工業大学建築工学科)

 まちづくりはいま多くの人たちの重大な関心事になってきているが、そのまちづくりは
「活性化」、「地域おこし」などの言葉をよく耳にするように産業活動、文化活動の振興と
いう点から考えられることが多いようである。しかし、もう一つ忘れてはならないのが「安
全」「環境」からみたまちづくりである。
 八戸は次第に大きくなってきており都心は過密気味、建物も大きく高くなってきている。
一方、市街地は周辺へ広がり、ちょっと前まで沼地、傾斜地であったところが埋めたてられ、
平に造成されて建物が立ち並ぶようになった。このような都市の傾向は全国至る所で見られ、
八戸だけのものでは決してないが、この傾向は安全、環境の観点から見るといろいろな問題
を含んでいるのである。例えばいま、二十三年前に大被害を及ぼした十勝沖地震クラスの大
地震に八戸が見舞われた場合を想像してみよう、数十年に一度という集中豪雨に見舞われた
場合を想像してみよう。果たして、八戸のまちは災害に強いまちになっているのか、おおい
に心配になるところが出てくるのである。
 また、災害まで考えなくても都市は日常的にみて安心に暮らせる、心地好く暮らせる環境
になっているかどうか、点検が必要な箇所が少なくないと思う。空き地、緑地を削り、水辺
を埋め立て、起伏を平に、曲った道路を真っ直ぐにする都市の造り方はややもすると都市の
自然環境を単調なものにしてしまい、自然が本来持っていた人間に対する懐の深い優しさを
喪失させかねないのである。真夏の強い日差しから大きく枝を広げた木蔭に足を踏み入れた
ときのあの何とも言えない涼しさ、心地良さを私たちは都市から失ってしまうのかもしれな
いのである。
 都市を安全なものにすること、心地好いものにすること、そのためのまちづくりの思想が
いま緊急に問われ始めていると思う。