VOL.11  種差海岸を地球の財産として再認識する


 次の文は詩人・佐藤春夫が昭和29年種差海岸を絶賛した紀行文の一部である。

「それにしても日本全国に海岸線はずいぶん長いが、こんな海岸風景はまたと二つはあるまいと思ひ、思いのままになるものなら、あの松原のはずれあたりにせめては春から夏の末ぐらいまで住んで見たいやうな空想までした。美しい海べ――佐藤春夫」

 わが街の顔として誇れるものに「蕪島から種差までの海岸線」がある。なかでも種差海岸は、昭和12年に国の名勝地に選定され、昭和28年には県立自然公園の指定を受けている。蕪島から金浜地区まで約12キロ続く海岸線で、広さは約880ヘクタールである。
 種差海岸を語るうえで、元市長である故神田重雄の功績を忘れてはならない。神田重雄は八戸を全国的な観光地にするため「1、鮫浦の風光に就いて 2、海猫と蕪島に就いて 3、種差・深久保海岸一帯の景勝に就いて」というアンケート調査を各界の有名人に行ない、昭和8年1月には回答が寄せられ、その中にシナリオライター北村小松も次のような熱いメッセージを寄せている。
「1、鮫浦の風光に就いて 私は7、8歳の頃から、毎夏鮫浦の風光に抱かれて生長してきた。はるかに水平線の上に遠く遠く延びている下北半島、そのはるか彼方に見える恐山の遠い姿――夕陽――風景を考えると今でも私の胸は憧憬の念で軽い痛みを覚える位だ。
 北方の青々とした空の下に、青々とした水をたたえている、鮫浦の記憶、それは最も古くそして、つねに新しいものだ。
 2、海猫と蕪島に就いて かもめの八戸の街の上まで飛んで来て、ミューミューとなくと、海が荒れるのだ、と幼い頃祖母から聞かされたものだ。――その記憶が私の心から失われない。
 かもめというとすぐ思い出すのは蕪島だ。今から15年頃前で、私は蕪島の対岸の草原で最初のランデブーをした。――あの時もミューミューとかもめが鳴いていた。
 あの草原は、鉄道を通すためにこわされて今はない。あの時ランデブーした彼女も逝いて今はいない。
 3、種差・深久保海岸の一帯の景勝に就いて この風景は日本一、だと私は考える。草原がなだらかに下りて白砂の浜をなす。
 夏、はまなすの赤い実をむすび、月見草がほんのりと、夕方の波の音に聞きほれている。
――種差・深浦海岸がとくに我々の詩情をそそるのはそれだ。
 逗子、鎌倉……くらべものにならない。湘南の好地といえとも、種差・深久保海岸にくらぶれば物の数ではない」
 また、中村英栄(盛岡市役所)は鮫浦の風光に就いて次のように述べている。
「鮫浦の風光は附近一帯の総合的自然美にあり、其一小局部づつを展望しては其の価値少なし。……近来築港に伴う埋立建築物はこの自然の風景を大に破壊し、古来の鮫気分の漸次薄らぎ行くは単に風光保持の点より見れば遺憾とする所なり。」
 このような厳しい意見に神田重雄は強い感心をよせ、扇が浦といわれるほど美しい白銀の浜は港湾のため埋め立てられ、風光は破壊されてどうしようもないとしても、都市空間美を考えた場合、鮫角灯台以南の風光だけはそのまま残そうと昭和12年種差海岸を名勝地に指定したいきさつがある。しかし、その9割以上が民有地で占められており、また漁民らの生活の場になっていることと、この海岸へのごみの投棄や自生植物が盗掘されて、700種類以上とも言われる植物も約30種は絶滅したと言われている。また観光化を押し進めるべく環境整備のもとに景観を台なしにしたり、リゾート開発計画も持ち上がっている。
 今、種差海岸が危ない!


種差海岸に関わる開発計画

(1) 宮城県のある業者は、種差少年自然の家の裏手の丘陵地帯約165へクタールの土地に、18ホールのゴルフ場・テニスコート・野外キャンプ場・イベント広場・250台収容の駐車場などを設置し、地元から100人雇用するという開発構想の事前相談書を市に提出している。二年前にも栃木県宇都宮市の業者が同様の計画を策定し、事前相談書を市に提出したが、
@ 農薬の地下水への影響
A 地元漁場への汚染の懸念
B 農村基盤整備事業による道路建設の予定
――の3点をあげ「好ましくない」という市の態度で業者が開発を断念している。
 今回、市議会3月定例会一般質問でこの間題に触れ、中里市長は計画についてこれから調査検討するとしながらも「(農薬などの)懸念を解消して、地権者の全面的支持が得られれば、必ずしも否定的に考えることもない。八戸市の魅力創造に貢献できるとしたならば、むしろ、積極的に受け入れたい」と考えを述べている。
 この背景として「企業を誘致する際、ゴルフ場があるかと言われる」ことや近年、市民の要求が強くなった「街の魅力」のためと市長は思うところがあるのだろう。しかし、八戸市周辺にはゴルフ場はすでに数ヶ所存在するし、リゾート開発がそのまま「街の魅力」にならないということは、新聞・テレビなどの報道で実証済みである。まずゴルフ場がもたらす影響として、生態系の破壊と地域社会の崩壊がある。
 具体的には、
@ ブルドーザーで森林と表土を破壊し、森林に凄む動物や鳥や虫の死滅や追い出し
A 赤土の大量流出による海の汚染や保水能力の低下による洪水や土砂崩れ
B 農薬(除草剤・殺虫剤・殺菌剤)などの大量使用
C 地下水の汚染による飲料水の汚染
 ――などがあげられる。
 また、ゴルフ場を含むリゾート開発では地域活性化のためと謳われるが、真に地元民のためになっていないのが現状である。それは開発で生まれた付加価値が企業の東京本社・仙台本社などに吸いあげられ、地元に残るのはゴミと糞尿だけになっている。本来、開発が経済的論理である限り、そこで生み出された付加価値は働く人の賃金だけではなく、とりわけ社会的な剰余(利潤と租税)が地元に蓄積されなければならない。だからリゾート開発は地方への経済侵略とも言われている。
 今、経済学上で公認されているのに「内発的発展」という地域開発の考え方がある。これにこそ青森県の市町村は学ぶべきものがあるのではなかろうか(内発的発展論についてはまたの機会に報告しよう)。
 このリゾート開発計画が種差海岸の指定地域外であっても、海と陸が出会う沿岸地帯は、生態学的にも非常に重要であり、また前出した影響も大きいので私は反対である。
(2) 市民の憩いの場としての水際利用の要請の高まりを受け、第一工業港河原木地区と鮫地区に「八戸ポートルネッサンス21」構想がある。鮫地区の基本構想は海洋レクリエーション活動、蕪島と海猫を生かした観光の拠点としてシンボルタワー・マーケット・マリーナなどを建設し、賑いのある水際づくりを目指している。そして現在徐々に蕪鳥海水浴場周辺の整備が進められており四年度中には海水浴場の護岸を改良して、白浜海岸のように芝生を植えた階段式にし、沖には消波ブロックが投げこまれることになっている。マリエントから蕪島を望む景観を愛する私としては、この消波ブロックが本当に必要なのかと考える。
(3) 東山魁夷の代表作「道」のモデルである種差海岸の一画に新名所として記念碑と東屋などを設けた小公園が整備されようとしている。この事業に反対はしないが、是非、そのデザインが種差の景観を損なわないように注意してもらいたい。

 このように故神田重雄ら先人の愛する種差海岸も、自然環境は年々悪くなる一方である。また、観光による地域活性化の名目のもとに八戸の自然の豊かさを自ら無くさないようにしたい。これからは子孫のためにも保全しなければならない。
 そこで2つばかり提案がある。

★種差ハマギク基金(仮称)の提唱
 日本中から自然海岸が失われていく今こそ種差海岸を八戸市の財産、いや日本・地球の財産として認識しなければならないのではなかろうか。将来的には、県や市で種差海岸の民有地を買い取るのが理想かもしれないが、(財)日本自然保護協会や日本野鳥の会などからも支援してもらい市民が率先して赤ちゃん誕生記念や結婚記念、香典の一部などの寄付を利用するなど、市民がお金を出し合って自然環境を買い取る「ナショナル・トラスト」の運動を押し進めるのも必要だろう。八戸でこの運動を進めるために参考となる本として『天神崎を守った人たち』(河村宏男著・朝日新聞社刊)がある。

★市による名勝種差海岸保存管理計画
 市では、平成3年に名勝種差海岸保存管理計画を策定し報告書をまとめている。これは事業結果を集約したもので、名勝指定の経緯や自然的(気象的・動植物など)社会的(土地利用状況など)環境面から見た指定地域の特性、最近の諸問題などの構成となっている。これとは別に、生態学的調査を行ない評価することによって、土地利用や建築形態などの綱領またはデザインの解決策を示し、周辺をコントロールすることが必要であろう。

 自然を守るためには近道はない。「はちのへ小さな浜の会」などが地道に一歩一歩運動を始めている。
 市民の財産『種差海岸』を市民の手で保全しよう!子どもたちの、その子どもたちの、さらにその子どもたちへ。

(参考文献)
『神田重雄傳』(中里 進著・東奥日報社)
『環境経済学』(宮本 憲一著・岩波書店)