VOL.6  八戸よいとこ来て見てござれ@《小中野春爛漫》

【小中野芸者 古きなつかし】
 5月3日、「小中野芸者 古きなつかし八戸の四季を唄う」が小中野の常現寺において行なわれた。
 これは小中野地区で地域交流を続ける市民グループ「寺遊会」(田中麗子代表)の主催で、大正から昭和にかけ盛り場として栄えた小中野地区を懐古し、芸の文化を後世に伝えようと、一夜限りの夢舞台が実現した。
 最盛時には、この地区には約120人もの芸者の姿があった。今回は戦前から戦後にかけて宴席に上がり、芸の粋(すい)を継承し守り続けてきた「小中野市奴」さん(本名・榎本ミチ子さん)と「こなかの豆三」さん(三島きくえさん)、「小中野蝶子」さん(富田蝶子さん)の三人が舞台に立った。そして約500人の観客が“最後の八戸芸者”三人の貴重な芸の数々に酔いしれた。
 市奴さん、豆三さんの三味線に合わせ、蝶子さんの熟練された踊りで、「八戸小唄」、「八戸の四季」、「新八戸小唄」、「奥南部音頭」、祝舞「鶴亀」、「松の緑」などを披露した。観客は、かつて数多くの宴席で繰り広げられた芸を堪能し、惜しみない拍手を送っていた。
 また、劇団やませの小中野新地を舞台に昭和を生きた一人の芸者、貞菊の半生の「新地夢物語」を、地元出身で劇団やませに所属する大舘登美子さんが芸者にふんし、一人芝居を演じた。その他にも新地町内会婦人部のメンバーが、「おいらん道中」、地元のシンガ−ソングライタ−岩淵弘之さんが「小中野サこないかい」などを歌い、地域住民の演目も舞台に花を添えた。

私は、初めて「八戸四季」を聞いた。
特に「八戸よいとこ 来て見てござれ 南部八戸春景色」というフレーズが耳に焼きついた。
もうこの唄が聴けないと思うと、残念なことである。
私が観光客としても、夜「八戸小唄」や「八戸四季」を聞きながら、食事を楽しみたいと思う。
東北新幹線八戸駅開業をにらみ、観光を考えるならば、「八戸ラ−メン」に力を注ぐよりは、この芸者文化を保存し、後継者づくりの方策を考えるほうが先決だと思う。
また、一つ八戸の文化が消えようとしている。

八戸四季

1、階上の
  丘の白雪 日増しに溶けりゃ
  霞む盆地に 雲雀が上る
  桃も桜も 今花ざかり
  八戸よいとこ 来て見てござれ
  南部八戸春景色
2、鮫浦の
  夕なぎ時の 三味の音聞けば
  沖の鴎も ちょっとふり返る
  尻屋かわして 白帆も踊る
  八戸よいとこ 来て見てござれ
  南部八戸春景色
3、千町田の
  稲の黄金の 大浪小浪
  今年も豊年 かかしも踊る
  アンコもメラシも 「おしまこ」踊る
  八戸よいとこ 来て見てござれ
  南部八戸春景色
4、粉雪ふる
  御城下町の うすぐれ時を
  名にこそしのべ あの御前水
  今じゃ名だたる スケートリンク
  八戸よいとこ 来て見てござれ
  南部八戸春景色


【小中野街角、古き良きたたずまい】

 4月27日、小中野新丁商店会(三浦義幸会長)と新丁町内会(大久保敏夫会長)の主催で、第6回小中野新丁街角ウォッチングが行われた。郷土史に興味を持つ市民や家族連れ20人が参加し、小中野・湊地区の隠れた「名所」を楽しみながら散策した。
 大正初期に八戸商業銀行湊支店として建てられ、貴重な洋風建築物として知られる「旧旭商会」、貸座敷としての面影を残す新むつ旅館(旧新陸奥楼)などを見学し、繁華街、歓楽街として栄えた小中野地区の往時をしのんだ。
 また、今回初めて見学することができた旧美濃部医院では、木材をふんだんに使った明治から大正にかけての町屋の美しさに触れた。そして「天窓からお月様が見えるんですよ。」というお話を聞き、粋な建物であると思った。(この旧美濃部医院は、またの機会に紹介したいと思う)
コースは、
八戸信用金庫湊支店集合
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旧旭商会
 ↓
旧美濃部医院
 ↓
恵賢和尚の碑
 ↓
御前神社
 ↓
八戸小唄の湊橋
 ↓
男山駒井酒造店
 ↓
柳橋
 ↓
常現寺
 ↓
新むつ旅館(元八戸中央高校校長の音喜多勝氏より講話あり)


【八戸港・新田川「屋形船」観光遊覧】

 4月21日、はちのへ漁協・遊漁船協議会の「屋形船」で、八戸港・新田川の遊覧を楽しんだ。
この屋形船は、みなとウォッサン裏から出発し、八戸工業港の沼館ピアドゥー付近まで航行し、その後新田川上流は市民病院付近まで遊覧した。
以前、隅田川の屋形船に乗り、夜の東京湾を楽しんだことはあるが、それに比べるとさまざまな問題もあるが、今後は観光の一つとして考えるのであれば、一つずつ克服していかなければならない。
新井田川の河川敷では、散策する人、釣りをする人、家族でバ−ベキュ−を楽しむ人々らが見られた。また、船から陸を眺めることにより、景観の醜さ、河川敷のごみ、アパートや住宅の洗濯物が目に付いた。これからが正念場である。

八戸港・新田川「屋形船」観光遊覧の問い合わせ先
はちのへ漁協・指導課内・遊漁船協議会事務局 副島、宗前
電話 0178−33−8865

手考足思−豪さんの雑感
 私が住む、小中野。
昔は、文化の一大中心地であったと言われる。
この文化を守りつつ、新たな創造をしていこうではないか。
例えば、三日町などの中心街から、館鼻漁港までの道路を、電線の地中化を行い、海の樹シンボルロ−ドとして、モニュメント、樹木を配置し、歩いて海と出会えるように整備することも、将来にわたり必要かなと思っている。
また、金沢の浅野川園遊会のように、新井田川に浮舞台を作り、普段は見ることの少ない芸妓さんたちの華やかな踊りや素囃子が披露することも考えられる。


ガバナンス通信E
 2002年4月22日付、デーリー東北こだま欄に「ミズバショウ保護の良策は」という文字が目に付いた。
早速、八戸大学キャンパス付近のミズバショウの群生地を訪れ、調査を行ってきた。
現地には、立派な水源はあるが、土砂が崩壊し、杉木立も雪害で倒木し、土砂が堆積して、湿地の環境は変化していたが、ミズバショウは80本程度、辛うじて生育していた。
今、このミズバショウを保護すべく方法を考えている。
まずは、この里山を市で借用し、助成金などを活用して、ボランティアで保護しようと考えている。
一刻も早く最良の方法を考えなければ、貴重なミズバショウも絶滅しそうである。
このミズバショウは、21世紀の八戸のまちづくりを占い、いかに自然と共生していくかということを問われている。
このミズバショウに愛の手を!